どきゅん諸葛亮孔明の兵法

誰でも使える諸葛亮孔明の兵法、成功法則です。

どきゅん諸葛亮孔明の兵法 25幸運エネルギーの式、鶴岡八幡宮パワーはあったのか?

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さて、前回までのあらすじです

 

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鹿島神宮のお力を得たばななさん。

快進撃を続けたと思いや謀反にあって大ピンチ。

次は鶴岡八幡宮のお力を得ようとするのであった。

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ばなな「久しぶりに鶴岡八幡宮にきたけどーここもちっとも変ってないなー。」

ハンバーグ師匠?。

 

そう、私は新しいパワーを求めて鶴岡八幡宮に来ていたのであった。

 

鶴岡八幡の神様は

ホンダワケノミコト

のちの応神天皇である。

 

 

数々のパワースポットを週一で周り、一週間で、良い事が起こったところをピックアップしていった。

 

探した結果、こんどは南の方にいくと良いことが起こることが多かった。

なので、ここ、鶴岡八幡に通う事にしたのだ。

 

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銭荒井弁財天、葛原神社を回り、125ccのバイクで帰宅する。

もちろん電車代を節約だ。

下で行くと大体4時間かかった。冬だっていとわなかった。

 

 

ついでだったので、いきは中野のガンジーパレスの、「チキンチリ」という、激辛激ウマカレーを食って、帰りは下井草の結構なスメルの豚骨ラーメンを食べて帰った。

  

 

 

さて、鶴岡八幡宮に通った結果、僕はどうなったかっていうと、結果だけ言うと、

 

1、今までの最高月収に到達。

 

2、仕事は一日30分で終わる。

 

3、結婚して嫁と一緒に住む。

 

 

という状態になっていったのだ!!。

 

いや、この1年はいいことだらけですごかったと思う。

最高月収といっても、サラリーマンの方がもらっているぐらいなんだけど、自分としてはこれでもよかった。

いや、人と比べたり、見栄を張ったりしなきゃ、大抵は幸せなんですよね。

 

2番目の「仕事が一日30分で終わる」というのは、新規事業がどんどん軌道に乗って、ほぼ働かなくていい状態になったからだった。

 

後を継いだ会社の方もそれに乗じて縮小していった。

というか、成長するメドがもう立たなかったので、なくしていく方向になったのだった。

 

上司の独立で、完膚なきまでにまでコテンパンにのされてしまったもんなー・・。

再起不能にまでおちいってしまっていたから仕方がなかったのだ。

 

 

でも、それが逆に縮小する理由として働いてくれた。

その結果、自分はほぼ仕事をしなくてもよい状態に持って行けたのだ。

 

 

 

まさに「塞翁が馬」。

何が不運で何が幸運か全く読めないものである。

 

 

とにかく僕は、鶴岡八幡宮に通うようになって、一年でこういう状況になっていったのである。

 

 

そして、結論した。パワースポットはあると。

 

 

この年の最後、僕はおもむろに近くの公園の高台を目指した。

そして右の人差し指を太陽に向け、まっすぐ伸ばし、

「儂は、神なり。」

と静かに囁いたのであった。

 

 

ところが、二年目になると、全く何も起こらないようになっていった。

 

 

あれ?

まーた調子悪くなってきたのかな?、いやいや、今度こそホンダワケの神様のパワーは間違いないはずだ、

 

 

だって、去年の1年見たでしょ。

あんなの奇跡でしかない。ほぼ奇跡的なことの連続が起き続けたし。 

いいや、神様もやっぱりチョーシ悪い時もあるんかな。

 

「ま、こういうときもあるさ、ま、これでいきなりステーキにでも行きなさい」

 

と言ってお賽銭ワンコイン(500)を差し出す私であった。

 

 

 

ところがである。

次の年、3年目になった時に事件は起こった。

 

 

その時も鶴岡八幡宮に向かって、125ccのバイクで、南に邁進していた時だったと思う。

 

 

いきなりカラスが右からやってきて、僕の上を通りすぎ、二車線の隣のトラックに轢かれたのだ。

 

「え?」

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僕はとっさにあの歌を思い出し、左に受け流した。

 

 

「うわっなに?」と思って混乱する自分。

 

その直後である。バイクの後輪から

「ちゃリーン」

と、何か落ちるような音が何回もしだしたのだ!!。

 

な、なんだ?不吉すぎる!!

 

 

僕はとにかく引き返すことを決意。

 

しかし、そこから20分ぐらいでバイクは動かなくなってしまったのだ。

 

 

 

「な、なんだったんだ?。」

 

 

JAFを呼んで、助手席に乗ってバイクを引き揚げる途中、JAFのお兄さんにこの話をしたら、めっちゃウケたので、「よし、これは持ちネタとして洗練させよう」と決めながら帰宅した。

 

 

そしてその年、(まあ去年なんだけど)、この年はこれをきっかけにしてまたよくないことの連続が僕に降りかかったのであった。

 

 

つづく